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沖縄島南部の文化財巡り
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    先週の金曜日(9月13日),琉球史や文化財に詳しい宮城さんや新人と南部一帯を巡検しました。大城按司の墓は,いつか行こうと場所を確認していたのですが実際に足を運ぶのは今回が初めてです。


    摩文仁家の墓(県指定文化財)
    南風原町観光サイト
    南風原町大名公民館脇から入って奥にあるお墓で,第二尚氏にゆかりのある王府より拝領されたお墓です。

    摩文仁家の墓(案内板)
    摩文仁家の墓

     

     

    大城按司の墓(県指定文化財)
    大城按司の墓

    案内板によると14世紀中〜末期の南山の按司のお墓で,島添大里按司に滅ぼされたとあります。

     

    大城按司の墓(説明)

     

    その島添大里按司は尚巴志に滅ぼされ(1404年と伝わる),その2年後(と伝わる),浦添グスクを尚巴志が攻めるという三山統一の過程の按司ですね。

    戦いがあって,命のやりとりをしていたと感じさせられます。

     

    墓上部のドームが目を引きます。

    Rに加工された石ですが,14世紀前後にこんな加工技術があったのでしょうか?

     

     

     

     

     

     

    仲村渠樋川(国指定文化財)
    仲村渠樋川

    かなり水量が多く,垣花樋川と併せて南城市玉城は水の豊富なところだと実感しました。

    仲村渠樋川(説明)

     

     

     

     

     

     

    知念城跡(県指定文化財)
    知念城跡(説明)

    みーぐすく(知念城跡)

    ノロ屋敷跡(知念城跡)

    ここを訪れるのは2回目ですが,ノロの屋敷跡があったり,こんもりとした森になっていてほとんど実感できない古城(くーぐすく)と支保工で補強されたアーチのある新城(みーぐすく)で構成されたグスクです。

     

    土器片?
    模様の入った土器片?らしきものを見つけました
    結構散らばっています(持ち帰ることはできません)。

     

     

     

     

     

     

    旧龍翔寺梵鐘(県指定文化財)
    旧龍翔寺梵鐘

    旧龍翔寺梵鐘(説明)

    龍翔寺は,琉球王国時代の那覇(旧那覇)にあったお寺で,そこにかけられた梵鐘は,尚泰久王が寄進した23口の1つです。

    1457年に寄進したことが刻まれているので,旧首里城正殿鐘(万国津梁の鐘)が首里城にかけられる前年のことになります。

    梵鐘には,「尚泰久王は仏教に帰依して龍翔寺に鐘を寄進したこと,この鐘をついて人々の心を正しくして仏教を伝えていく」といった意味の言葉が刻まれています。

    龍翔寺が廃寺となった後,糸満の山巓毛(さんてぃんもう)にかけられていたようです。

     

    旧龍翔寺梵鐘(弾痕)
    沖縄戦をくぐり抜けたのでしょうか?弾痕?も見られました。

     

     

     

     

     

     

    那覇市壺屋新垣家住宅(国指定文化財),荒焼のぼり窯(県指定文化財))

    新垣家は非公開ですが,ひめゆり通りから修復されたのぼり窯が見えます。

    新垣家住宅

    非公開なので,前を通って荒焼のぼり窯へ移動。

     

     

    ふぇーぬがま

    新垣家住宅,荒焼のぼり窯は,『那覇まち物語』にも掲載されているのです。

     

    そもそもは17世紀後半,首里王府が,知花窯(ちばなよう),宝口窯(たからぐちよう),湧田窯(わくたよう)の陶工を壺屋に集め,窯をつくり陶工に与え,その養成に努めました。新垣家にあるのぼり窯は東ぬ窯(あがりぬかま),荒焼のぼり窯は南ぬ窯(ふぇーぬがま)とも呼ばれていました。

     

    那覇市観光資源データベース「新垣家住宅」

    那覇市観光資源データベース「壺屋の荒焼のぼり窯附石牆」

     

     

     


    末吉宮磴道(県指定文化財)
    末吉宮磴道(説明)

    末吉宮磴道

     

    那覇市観光資源データベース「末吉宮磴道」

    磴道(とうどう)とあるので,その昔は燈籠(とうろう)が置かれていたのでしょうか?

     

    王府が整備した当時の石畳が残っています。


    末吉宮は,現在の末吉公園内にあるお宮で,王府直轄のお宮でした。

    また末吉宮は,尚泰久が建立したお宮ですが,首里城の北側にあり,本堂前から那覇を一望できる絶景の場所でもあります。

    ちなみに,このころのお宮は神仏習合で,必ず近くにお寺がありました。現在でも,波上宮の隣に護国寺,安里宮の近くには神徳寺があり,こういったお寺を別当寺といいます。

    末吉宮の別当寺は遍照寺(もとは万寿寺)といいますが,世界無形文化遺産「組踊」の有名な演目「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」の主人公「中城若松」が逃げ込むお寺として有名です。

     

     

     

     

     

     

    伊江御殿墓(国指定文化財)

    伊江御殿墓

    伊江御殿墓(説明)

    那覇市観光資源データベース「伊江御殿墓」

    記録の残る亀甲墓(かめこうばか)では,琉球最古級といわれています。

    私有地なので立ち入ることは遠慮しましたが,可能であれば近くまでいって見てみたいところでもあります。

     

     

     

     

     

     

    (伊江御殿墓からヒジ川橋への移動途中,弁ヶ嶽へ)

    弁ヶ嶽

    弁ヶ嶽

    弁ヶ嶽(説明)

    那覇市観光資源データベース「弁ヶ嶽」

     

     

     

     

     

     

    ヒジ川橋及び取付道路(県指定文化財)

    ヒジ川橋

    ヒジ川橋(説明)

     

     

    那覇市観光資源データベース「ヒジ川橋及び取付道路」

    金城ダム(那覇市繁多川)にある文化財で,道路からも見られますしもちろん近くまでいくこともできます。

    近くの金城町の石畳(那覇市首里金城町)がたいへん有名ですが,この文化財にも石畳が続いています。王家の別荘である御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)から識名園(世界文化遺産)につづく途中の安里川にかけられたものです。

    ※御茶屋御殿

    国王が遊覧し,外国の使臣を招いて宴などを開いた王家の別荘。

    沖縄戦で破壊され,現在はカトリック教会が建っている。

     

     

    今回,巡った文化財は,事前にGoogleなどで場所を確認していましたが,お昼前から動き出したことであまりじっくりと見ることはできませんでしたが,大変興味深いものでした。

     

    同行した新人は,前日に「明日行くけどどう?」と突然に誘ったのに同行してくれました。

     

    どんな文化財かなど事前の説明をしておらず,彼にとってはすべてが初めての場所のようで,知ったかぶりの説明をしたり(いつもは宮城さんの説明をきくだけなのですが),わたしは大変楽しく巡ることができました。

     

    次は,北部〜中部を予定していますが,どんな巡検になるのでしょうか。今から楽しみです。

     

     

     

     

     

     

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