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ジュンク堂のトークイベントに参加しました(後編)
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    トーク終了後は、古塚さんにジュンク堂界隈から安里までの巡検につれいてってもらいました。
    古塚さんに宮城さん、古塚さんのお弟子さんのウギさん(韓国高麗大学院生)、そして私の4名のパーティです。

    張献功の墓

    ノッチの下のくぼみに骨を収めふたをした状態。つまり、このあたりまで海だったことがわかります。仲島の大石だけでなく、那覇が浮島だったことの証が見られて面白いと思いました。

     

    渡嘉敷三良の墓すでに骨は移されていて今はお墓として使われていないとのこと。

     

    長虹堤跡・新修美栄橋碑「段差があるのは、まわりが海で下がっていたから」。と言う説明にかなり納得してしまいました。
    改修碑は、今の焼き鳥屋さんのあたりにあって、改修碑を見ながら橋をながめることができるようになっていたとのことでした。

    今の焼き鳥屋さん(ストリートビューのスクリーンショット)

     

    崇元寺橋当時の正式な名前は安里橋。欄干の飾りは発掘調査で出てきた当時の物を模したもの。
    当初の計画から変更して作成したとのことでした。

    欄干の飾り(その1)

    欄干の飾り(その2)

     

    崇元寺下馬碑下馬碑の存在は知っていました。「あんしもけすもくまにてむまからおれるへし(按司も下司も此所にて馬から降るべし)」と書かれていると。
    しかし、古塚さんはさらに「馬の琉球での発音は「むま」」だと。まさしく表音文字なんだと一同で納得しました(口を閉じながら「ん」と発音するような感じでしょうか)。

     

    浮縄御嶽安里大親(第二尚氏クーデターの重要人物の一人)と関連のある御嶽。

     

    安里八幡宮

     

    神徳寺
    写真は撮れなかったですが、今週末からはじまる那覇大綱曳で行われる旗頭の練習を子どもたちがしていました。檀家制度のない沖縄で、お寺と地域の子どもたちが密着しているなんて、沖縄で生まれ育った私にはめずらしい(初めて見る)光景でした。

     

    その後、懇親の場を設けおいしいビールと、ウギさんのお土産、今韓国の若い人にはやっているマッコリを数本飲み干し、ウギさんとの再会を約束し、古塚さんと宮城さんとは今月、また飲み会をすることを確認してお開きとなりました。

     

    大変濃ゆい(笑)、一日でした。

     

    古塚さん、いろいろ教えていただきありがとうございました。
    宮城さん、私の知的好奇心を満たす機会を与えていただきありがとうございました。
    ウギさん、今度は韓国でもお目にかかりたいですね。

     

     

     

     

     

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