いやだいやだ。
きょうも雨じゃない。いつになったらやむのかしら。
いやになっちゃう。
でもね、晴れたら晴れたで、暑いばっかり。
ただでさえ、歳も歳なのにねぇ。こう雨ばっかりだったり、暑かったりすると、肌の荒れがひどくなるばかりじゃない。
体にもガタがきてるしねぇ。
ホントいやになっちゃう。
トントントン。
あれ、もう出勤の時間! いつの間にかこんな時間になっちゃったんだわ。
いやよねぇ。最近、時間があっという間にすぎちゃう。寝不足なんだけど、あまり眠れないのよね。歳とっちゃうと、時間の感覚までなくなっちゃうのかしら。
もう何歳になったのかもわすれちゃったけどね。
それにしても、いつも早いわね。この人。いい加減、いい歳だと思うんだけど、足取りも軽やかだしさ。若ぶってるのかしら。
もう少ししたら、みんなやってくるわ。また代わり映えのしない連中の顔をみなければいけないのも、辛いわねぇ。
でもしょうがないかぁ。
だって私は、ここに居続けるしかないんだしね。
少しだけ眠ろうかな。
私だって乙女だからね。少しでも睡眠取って、お肌をいたわってあげなくちゃぁね。
ゴツン、ゴツン。
朝から不機嫌そうな奴も出勤してきたことだしね。
ザンザンザン。
雨はやまないねぇ。
う〜ん。やっぱり眠れない。
年甲斐もなく、この連中の飲み会に付き合ったおかげかしら。久しぶりに遅くまで飲んでいたから、私まで楽しくなっちゃって、興奮がまだ醒めないじゃないの。
やだ、朝っぱらから煙い!
この連中ったら、タバコふかすしか能がないのかしらねぇ。だらだらとさ。入れ代わり立ち代わりタバコを吸いに来ちゃってさぁ。
いやだ、あんたいつからここにいるの?
さっきから?
えっ、ということは、私の話してるのを、ずっと聴いてたの?
悪趣味ねぇ。
楽しいの?
ふ〜ん。じゃあしょうがないわね。
あらっ! よく見たら、あんた、この会社の中で一番影が薄いやつじゃないの。いつも下ばかり向いてさ。何が楽しいんだろって見てたのよ。
へー、そうなんだ。楽しいんだ。だったらいいのよ。そうは見えないけどね。
じゃあ、何も聞かない。
というかさ、あんた、いつも私の独り言聴いてたの?
そう。恥ずかしいけど、仕方ないわね。
だって、私も寂しいしさ。これから話し相手になってくれる? 私の身の上話すからさ。
家族? いるわよ。
知らないの? 隣にいるじゃない。
そう、今は歯医者さんになっているビル。あれは私の弟なの。
足がダメになって、動けなくなっちゃったから、会うこともできなくなったけどね。
だって、私は日がな一日、この場所で座っているだけだからねぇ。
でもね、弟は優しいから、今でも、「お〜い姉ちゃん。元気してるか?」なんて聞いてくるの。
私もね、弟の声を聴くと元気出ちゃって、「「もちろんよ。あんたこそ元気なの? 若い女に騙されてない?」なんてどうでもいいことを聞いちゃうんだけどね。
可愛い弟よ。あんたも可愛がってあげてね。
両親? この下の駐車場になっているところにいたんだけどね。あんたがたの言葉で言うと、区画整理っていうの? そのときに壊されちゃったの。ちいちゃい二人でね。仲良く楽しく暮らしてたんだけど、もう歳も歳だったしね。しようがないわね。
大丈夫よ。あんたたちを恨んでなんかいないから。寿命だったんだと思うわよ。
でも、私の家族は、もう弟一人きりになっちゃった。
寂しいけどね。
あんたそういうけどね。私だって、若い頃はもてたんだからね。ここら辺では一番の器量よしでね。遠く小禄や泉崎あたりからも、是非デートしたいって、お誘いが来たもんよ。
まだ若かったし、もっといい人がいるだろうって思ってたから、みんな振っちゃったんだけどね。
今になって、一人くらいキープしときゃ良かったなんて思うけど、後の祭りよね。
もう、あんたいい加減、仕事に戻りなさい。いつまでも油売ってるんじゃないわよ。
えっ! 本! 出してくれんの?
いいわよ。あたしでよけりゃね。
えっ、自費出版?!
あんたも幸薄そうな顔してるけど、やるわねぇ。
お金なんてないもの。
なんてね。
ホントはね、お金ならあるの。
使わないだけなの。
そのお金を使ったらって?
いやだ! 自費出版だったら出さない。
だって、私の本だったら売れるんだもん。
きっとね。
だから、もう話はおしまい。
う〜ん。そうね、ずっと話を聞いてくれるんだったら考えてあげてもいいわよ。
まぁ、そのうちね。
じゃあ、きょうはこの辺でね。
あれ、いつの間にか日が暮れてきたじゃない。
寝不足で、お肌に悪いから、きょうは早く寝ることにするんだから、あんたも帰りなさい。
はい、おやすみなさい。
じゃあ、また明日ね。
雨は止んだわね。
今晩は、なんだか暑くなりそうだわねぇ。
眠れるかしらねぇ。
肌荒れが心配だわぁ。